木曜日, 12月 10, 2015

「ぼくらの民主主義なんだぜ」(高橋源一郎著)で、震災からの4年半を読む

高橋源一郎という作家がいます。名前を知っている程度でした。

NHKラジオの午前中の番組を聴く私は、金曜日のパーソナリティをやっていて、優しげな風貌で穏やかな語り口に鋭い矢を言葉に載せて放つ、独特の雰囲気を持つこの高橋井源一郎という人に興味を持ちました。

どういう人なのだろうと調べてみると、1951年生まれ。私より9歳年上の64歳。なのに小学生の子供を二人育てていると文中に書いてあります。グーグル先生に訊いてみると、4度の離婚歴、5度の結婚歴、横浜国大を除籍、明治学院大学の教授、4人目の妻は室井佑月。名立たる文学賞を幾つも受賞して、そのひとつ、三島由紀夫賞で得た賞金100万円を全額日本ダービーに突込み、一瞬にして使い果たす。

なるほど、羊の皮を被ったなんとか、なんだなと気付きました。



著者は2010年の終わり、つまり東日本大震災の少し前に朝日新聞から「論壇時評」の執筆依頼を受け、断る理由を探して考えあぐねました。しかし、その時、その時代の「いま」を言葉で伝える欲求を自分の中に見つけて引き受けることにしました。その連載のスタートが2011年の4月末、つまり東日本大震災の時です。なんという巡り合わせでしょう。以来、著者は論壇時評に毎月、時代を切り取っています。

この本を読み終わって、ひとりの写真家を思い出しました。



星野道夫という写真家がいます。正確には死んでしまったのでこの世にはいません。1996年夏、ロシアのカムチャッカ半島でクマに襲われて、はや20年近く経ちます。彼の残した写真集のひとつ、「星野道夫の宇宙」という本が手元にあります。私が持っている唯一の写真集です。



写真を撮るのも観るのも好きな私ですが、読むための本は買っても、眺めるための写真集を買うという習慣のないこの私が、何故この写真集を買う気になったかと言いますと、開いたページに次々と広がる星野道夫の写真が、ファインダーを覗き込んだ彼の感動の軌跡そのものだったからです。



彼が美しいと思った瞬間、残したいと思った瞬間が見事に切り取られ、まるで自分がそのファインダーを覗き込んでいるかのように彼の感動を追体験できたからです。




話を「ぼくらの民主主義なんだぜ」に戻しましょう。

東日本大震災から4年半が経ったいま、この本を読むと、日本中がひっくり返って右往左往したその時、その後の混乱、そこで語られた様々な事象、その膨大な情報を、高橋源一郎という切れ味抜群の包丁が、情報の塊に切り込んで、見事な切り口でその断面を「風景」として言葉で見せてくれます。

論壇時評という文字の通り、著者は1か月の間に論壇やメディアで語られたその時々の活字あるいは音声を、取り上げています。それらは著者の頭を通って読み解かれ、ひと月分のアウトプットとしてコンテンツが吐き出されます。

それは著者の思考をトレースするような感じで、星野道夫の写真のようです。高橋源一郎という時代を見るに優れた嗅覚を持つ論客が、その1か月での出来事を自身の興味に沿って取り上げ、彼のフィルターを通し、それらを素材としてまな板に載せて論客流のスパイスを効かせて料理したのちに読者のテーブルに差し出されます。

1話読み切りのようなボリューム、あるいは通勤電車で読むのにちょうどいい長さの各月ごとのコンテンツですが、出典が記され、それに付随するものも紹介され、その情報量の多様さに圧倒されます。章をいくつか抜き出してみましょう。


 ことばもまた「復興」されなければならない

 スローな民主主義にしてくれ

 〈東北〉がはじまりの場所になればいい

 国も憲法も自分でつくちゃおうぜ

 大きな力に立ち向かう

 なんだかおかしい

 「アナ雪」と天皇制

 DV国家に生まれて

 クソ民主主義にバカの一票


シニカルにして批判精神旺盛。もっと言えば大勢や大きいものには巻かれないぞ、騙されないぞ、という反骨精神が文章の根底に流れ、その語り口は、まるで隣に座った友人から世間話を聞くような、著者の独白を頷きながら聴くような感じです。話しはその時を中心に、過去と未来の垂直方向に分け入り、そこから人物や事象への水平方向に広がっていきます。

この4年分の1か月ごとの出来事の束を、論壇時評と言うフォルダーで括って眺めた時に、私の思索はその時に飛び、その時に起こったことを呼び覚まし、その時に自分が何を思ったか、その時に何をやっていたかを思い出します。そして、その歳月の移ろいに時代の波と流れを感じて、感慨にふけるのです。

著者は記憶を呼び覚ますだけでなく、その時のことをその時に戻って解説してくれます。

よく歴史はキャッチボールのようなものと言います。いま起こっている様々な問題や出来事を理解したり、解決策を求めたりするとき、時代にボールを投げると、時代はボールを投げ返してくれます。著者も何度もボールを歴史に投げ、返ってきたボールの答えと、くっ付いてきた様々な付録を読み解いて、目の前に記してくれます。

それはあたかも時の旅行者になって、その時、その時代に降り立って、周りを見渡し、触れることのできない目の前の出来事に臨場感を持って目にすることができるのです。震災以降に起こったこと、それにまつわる様々な事柄、時代の揺れ動き、世間の風潮、それらを文章を読みながらひとつひとつ思い出し、今に立ち戻り2015年冬から見た、時に滑稽で、時に深刻な人間が起こす様々な振動を、4年分俯瞰してそこに時代の流れを感じるのです。


著者はあとがきで次のように語っています。

「読者のことを考えるとき、目の前の読者、いま読んでくれている読者だけでなく、いつか読んでくれるかもしれない読者のことを考えるようになった。10年先の、100年先の、あるいはもっと未来の読者。 (~中略~) そんな遠い未来の目から、僕自身を見た。ぼくは、ある特定の時代に生きて、その時代の考えやことばに制約されている。千年先から見たぼくは、滑稽だろう。けれども、その制約の中で、精一杯のことをやってみたい。そんな風に思った。未来の読者から、「あなたが生きていたその世界で何があったのですか?」と尋ねられたら、「こんなことがあったんだよ」と答えたいと思った。春か遠くにまで届く言葉を作れたらいいなあと思った。小説はそのために書いていたんだ。」

著者ほどの文章の才能があれば、思うことを言葉にできる才能があればと、羨望に尽きません。著者にしても言葉に綴る努力は並大抵ではないでしょう。紡ぎ出された言葉を辿りながら、著者の思索の海に飛び込み、溺れ、見知らぬどこかへ流れ付く楽しみを、この本は与えてくれていると思います。


ブログと言うコンテンツ

私が祖父を知っていても、その先代、その前の先祖には、残っている僅かな証拠と、口伝えによる子供の頃からの記憶でしか辿ることはできません。その時代の先祖が何か残そうとした時には、記録する手段の選択と、それを作る地道な努力、それを保持続ける熱意、というようなある種苦痛を伴う作業が必要となったでしょう。

しかし、いまやコンテンツは構えることなく、容易に作り、残すことが出来ます。

私がブログを記す理由がここにあります。

私と言う存在は時代の中では塵にもならないミクロな存在ですが、私を取り巻く人、友人、家族、特に私の唯一の子孫であるひとり息子が、私がこの世からいなくなった時に、私が記した様々な言葉や映像に時代を経て触れてくれた時に、私の人となりが伝わり、その時代を感じてくれることを期待します。

そして、私自身、自分の記したことを時々に振り返るとき、ああ、あの時はこんなことを考えていたんだなあと、自分の変化と継続を発見するのです。



ではでは@三河屋



参考:

BE1/旧:ベルギー通信は2001年にベルギーで仕事をすることになって始めたブログ。

BE2/べルギー通信2は2006年にリニューアル。主に趣味のブログ、かなり柔らかいです。

Lifelog/ライフログはリアルタイムで呟くTwitterの1日分をまとめたブログです。



本の買い方 「得して読む」


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