『老人の取扱説明書』を読む

老人の取扱説明書

あまりに直接的なタイトルなので、手に取るのを一瞬躊躇しました。

自分も中高年だし、避けられない事実として、年齢を重ねてこの中に書かれている段階に進むのだ、ということを考えると、本書は預言書でもあります。

本書は現役のお医者さんが書いた、実際にご老人と日々相対する人が、実践に基づいて書かれています。

著者はNHKの「あさイチ」他、TV出演も多数で、眼科医として10万人以上の老人と接してきたと書かれています。なので、ひとつひとつの例が、実に具体的で身につまされます。



本書の構成は、16の「老人のよくある困った行動」からなり、そのひとつひとつに

  • 老化の正体(なぜそうするのか、その原因は何か)
  • 周りの人がしがちな間違い
  • 周りの人がすべき正しい行動
  • 自分がこうならないために
  • じぶんがこうなってしまったら
というように、原因と対処法が丁寧に書かれています。

これはもう、現場の人間、日々ご老人と接する人への、開いた瞬間から使えるプレゼントのようなもので、読み進めていくうちに深い嘆息をついてしまいます。

老化は止めることが出来ません。誰にでも訪れます。避けることは出来ません。程度の差こそあれ、必ず自分の身に起こることです。

しかし、物事には原因があり、それを理解し、正しい対処方法を知っていれば、うろたえることはありません。

そういう意味で、本書のような本に出合えたことを嬉しく思いながら、ページを捲りました。

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父の老化


私には苦い経験があります。この3月に父を亡くしました。

2月に87歳になったばかりでした。年を重ねて、会うたびに言うのは「すぐ忘れちゃって、少し前にできたことが、もう分からなくなっちゃって」と繰り返します。

もう、それは会うたびに、顔を合わす度に、繰り返し繰り返し。

その父に対して私が言うことはいつも、

「同じ話を何度もしないで!」「忘れるならメモしていつも持っていて!」

でした。これが「周りの人がしがちな間違い」であったことはお察しの通りです。


この本を読んでいれば、もう少しマシな息子でいられただろうに。後悔先に立たずです。



父は70歳前後でパソコンを本格的に使い始め、メールも、デジカメも、そしてFacebookすら使うネット民でした。

家の建て替えで、一時引越しでパソコンが使えなくなった時、戻ってきて最初にやったことがネット接続でした。パソコンがないとストレスが溜まる、そんな日々を送っていた父。

パソコンの保守は中高年にとっては頭の痛い問題です。Windows3.1から使っている父は、Windows  XPまでサポートしてくれた息子が、つむじをまげて世話をしてくれなくなったので、自力でWindows7、8、10とアップグレードして使うほどのヘビーユーザーです。

私のFacebookのポストにはしょっちゅうコメントをくれましたし、重要なことは電話よりもメールで、対象者全員にいきわたるように送っていました。アドレス帳の整備も欠かさず、日記をExcelで書き、血圧のデータを入力し、グラフ化してかかりつけ医に見せるのを自慢していました。

そんな父が、あれが出来なくなった、これの使い方を忘れた、カメラの画像はどうやって保存するんだっけ、メールってどうやるんだっけ、ファイルが消えちゃった・・・、という具合に、年齢と共にパソコンが徐々に使えなくなっていきました。

それと共に、届くメールは減り、Facebookの更新も途絶え、携帯メールも打てなくなり、

いま見ると、Facebookの最後のポストは、ちょうど3年前の、2015年4月16日になっています。


ビルを建てると言い出した父


ある日デベロッパーが大手学習塾を連れて我が家を訪れました。いまから5年前の2013年の事です。

愛知県の実家の父が電話でいきなり、ビルを建てる件だけどな、と言い出しました。

東京にいる私は、聞いてないよ、そんなこと、と言うと、機嫌を悪くします。何のことだかわからないので、事情をひとつひとつ聞いていくと、静岡の佐鳴台予備校が駅前に学習塾を出したい。それで候補地を探していて、実家の貸駐車場を候補地として建設会社と共に実家を訪れたのでした。

ビルを建立てるにはお金が要ります。収支がトントンになるには10年以上のローンを組まなければなりません。当時82歳の父の持ち分だけでは賄いきれず、二世代ローンを組んでビルを建てるつもりで業者と会っているということに仰天しました。

既にその時点で私は自遊人ですから、無収入です。ローンを組むと言うことは東京の私の自宅も担保にすることになります。冗談じゃありません。

止めさせようとすると切れまくり、「親に意見する気か!」と爆発する父をなだめながら、何度も打ち合わせに出席する日々が始まりました。

事業性と収益性を精査し、実現性の無さをひとつひとつ積み上げ、理論的に、不可能じゃないがリスクが大きいこと、それを次の代に残すこと、そしてデベロッパーの胡散臭さの証拠、等々を、東京と愛知間を通い詰めながら、「出来ない」理由のピースを埋めていきました。

重要な打ち合わせ、それもお金に絡む打合せでも、父は内容を把握できずにただ聞いているだけです。ひとつひとつの事柄を理解しているか確認しながら話を聞いていきましたが、ほとんど理解していません。耳が遠くなって聞こえない上に、お前が分かってりゃいい的なノリで、もうビルを建てたいの一心で、内容の理解度は3割ほどでした。頭の禿げた子供です。

いま思うと、この時に始まっていたんだなと思います。

父は中京地方の大企業のサラリーマンとしてキャリアをスタートし、グループ会社の社長まで務めた経歴を持ちます。経営については経験者。その父が、こうなってしまうとは・・・。ショックを受けながらも、事態は収拾させなければなりません。

事を収めるまでに半年近くの時間を要しました。


対処方法を間違った、しかし


本書に書かれている「老人のよくある困った行動」の16をあげてみましょう。


  • 都合の悪いことは聞こえないふりをする
  • 突然「うるさい!」と怒鳴る。でも、本人たちは大声で話す。
  • 同じ話を何度もする。過去を美化して話すことも多い。
  • 「私なんて、いても邪魔でしょ?」など、ネガティブな発言ばかりする。
  • せっかく作ってあげた料理に醤油やソースをドボドボとかける。
  • 無口で不愛想。こちらが真剣に話を聞こうとすると、かえって口を閉ざす。
  • 「あれ」「これ」「それ」が異常に多くて、説明が分かりにくい。
  • 信号が赤に変わったのに、ゆっくり渡っている。信号が元々赤なのに、堂々と渡ってくる。
  • 指摘は出来ないが、口がそこそこ臭い。
  • 約束したのに「そんなこと言ったっけ?」と言う。
  • 自分の家の中など、「えっ、そこで?」と思うような場所でよく転ぶ。
  • お金がないという割に無駄遣いが激しい。
  • 「悪い病気じゃないか・・・・・?」と思うくらい食べない。
  • 命の危険を感じるほどむせる。痰を吐いてばかりいる。
  • その時間はまだ夜じゃないの?というほど早起き。
  • そんなに出るの?と不思議に思うくらいトイレが異常に近い。

私が対処を間違ったものが幾つか見つかります。

老人の特性を理解し、対処できていれば、これほどの苦労はせずに済んだろうと、本書を読み終わってから溜息が出ました。

父が亡くなる1年前に叔父が亡くなりました。仲の良い兄弟で、父はその後を追うようになくなったわけですが、叔父の終末期も厳しいものがありました。あの時本書に出会っていれば、もう少し気持ちよく接してあげられただろうにと思います。


筆者は「おわりに」に、「本書は、高齢者の家族として、あるいは高齢者と仕事で関わる人、さらに自分が高齢であったり高齢になることが心配な人に向けて書きました」と記しています。

そして、「老いの正体」を知らず、一生懸命なのに報われない現実と、後悔にさいなまれる時間だけが残されることの残念さを語っています。



生まれる、育てる、生きる、死ぬ


こういう終末期を生きる、お世話する知識、技術といったものは、教育の過程に組み込まれて行くべきだと思います。

知識だけを詰め込むのではなく、生きる術を教える、それが学校教育だと思います。

大家族時代なら、大祖父や、大祖母も一緒に暮らしていたでしょう。老いを間近に見て、歳と共に人間とはどういう風に変わっていくのかを、同じ屋根の下でつぶさに学ぶことが出来ていた環境は今はありません。現代では本書のような書物や、経験者による指導でしか得ることは出来ません。

生まれたら、最後は死ぬ。家庭で知り得ない、教育できないことは、他に頼るしかない。だからこそ、学校教育で、生まれる、育てる、生きる、死ぬ、までを網羅する必要があると、私は思うのです。


ではでは@三河屋


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PS: コラムも参考になります。
「五感をはじめ、年を取ると体はどう変わるのか?」に書かれている内容は、57歳のカラダに起こってきている老化現象の始まりの幾つかと一致します。老いは避けられません。付き合っていくしかありません。良書に出会えたことに感謝します。


参考



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コメント

  1. Hi Mikawaya-sama!

    実は私もSlownetのメンバーです。 時々Mikawa-yaさんの投稿を読んで少し興味をもっていました。 そしてこちらのBlogにもお邪魔してみました。 
    私も超異常なリズムで暮らしています。 夜は大体9時頃にはベッドに入りますがしばらく本を読みますので実際には12時前後に眠ることになります。 それでも毎日朝3時・4時に目が覚めてしまいます。 じっとラジオを聞きながら朝が来るのを待っていましたが今日このBlogを読んで『あ~そうか! 起きてしまえばいいのだ!』とメウロコです。

    私は毎朝6時半にラジオ体操をして、シャワーを浴びて、7時15分からスぺ語・フラ語・イタ語を聞きながら朝食... お昼は12時、そして夕食は4時に。 このリズムがリタイア後の習慣になっています。

    今後は3時ラーデビューしようかなと思いました。 お仲間入り、どうぞ宜しくお願いします。

    最後にMikawa-ya様、いくつか読ませて頂きましたがご自身のことを”老人の仲間入りした...”かのような記述がどこかにありましたがと・と・とんでもありませんよ。 人生100年時代、50代そこそこは若造です。 私は60歳で定年退職し、今は71歳になりました。 70代に入ってもまだまだ老人の意識がありません。 勿論、心身の劣化は各所に出ているのでしょうがまだ先が30年もあるかと思うぞっとするくらいです。漸く老人部屋のドアを開けて覗いてみているところかなと感じています。

    色々、書いてしまいましたがMikawa-ya様のSlownet, FBでも今後の投稿を楽しみにしています。 宜しくお願いします。
    (傘張り素浪人より)

    返信削除
  2. 傘張り素浪人さま

    コメントありがとうございます。うむ、すみません、57歳は若造なんですね。100歳まで生きようとは思いませんが、いまの命はとりあえず、30年くらいは賞味期間がありそうです。

    歳を「重ねる」面白さを最近感じています。以前よりも考えて物事を起こすようになりました。やりたいことがあっても、いまはその時期じゃないと、我慢がきくようになりました。

    アタマの中は若いままなのに、鏡の中のオトコはどうも白髪が増えて冴えない。そのギャップに日々慣れながら、体にわざと負荷をかけて好きなこと、新しいことをどんどんやっていく。経験を積んだゆえに、様々な知識を総合して物事にあたれるという楽しみがこの年齢にあります。

    さて、傘張素浪人さんの70代というのは、どんな感覚、どんな世界なのでしょう。



    『3時ラー なるもの』
    https://mikawaya1960.blogspot.jp/2012/11/blog-post.html

    改めて読み返してみると、3時ラーはメリットだらけですよね。

    3時は欧州の夏時間で午後8時。あちらの友人とチャットやコンテンツをやり取るするには格好の時間です。

    私はネットバリバリですが、ラジオも好きです。いまはインターネットで聞けるので重宝しています。「すっぴん」はよく聞きます。

    スペイン語、イタリア語、フランス語、多才ですね。私は今は英語と金沢弁だけですが、スペイン語を早く始めねばと思っています。

    日本人は同調性を重視します。ヒトと同じを気にします。私は正反対で、顔は日本人でも、アタマの中が欧州人なので、日本にいるとかえって「新鮮」です。


    これからも余白を駄文で埋めていきますので、お付き合いの程宜しくお願いいたします。

    返信削除
  3. Wow che risposta rapida!!!

    3時ラーはメリットだらけ!? 楽しみです。

    私もネットラジオの虜です。 今、こうして書いている時もhttp://www.italia.fm/聞いています。  そしてスぺ語、ぜひ始めましょう!  私は70歳に突入する1年前に夢だったCamino de Santiago を実行しました。 800km完歩です! これ、ちょっと自慢です。 その時はイタリア語と英語で特に不自由はしませんでしたが折角スペインに行ったのでこれを機会にスぺ語を始めました。 まだまだ若いと思っているのですが新しい言語を始めてみて脳は正直に70歳になっていることを実感しています。 自信過剰の鼻柱をへし折られた感じでなかなか覚えられません。 理解は早いのですが記憶が.... とこんな言い訳はしたくはないのですが、語学学習は楽しい! 何事もやるなら楽しまなければと。

    Mikawa-ya-sama, 私も全く同感、同調性なんて興味なし! 人のことなんかどうでもよい、自分First、自分がしたいから・好きだから・好きなように生きています。 血管にはアルファベットが流れているのでは??? 日本人が嫌いというわけではありませんが違う国・文化の人達といる方が楽しい族です。 金沢弁はまだ出来ませんが今年からはインドネシア語にも挑戦しています。 

    Ciao, ciao!!!

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  4. 素浪人さま

    スペイン巡礼 Camino de Santiago もうお済ませなのですね。スバラシイ!
    私はこの5月からユーラシア大陸横断の旅に出る予定だったのですが、父が3月に他界したので、来年に延ばすことにしました。すると、様々なことが繋がり始め、旅のツールが半月の間にどんどん増えてきました。スペイン語はまだそのツールに加えていないので、ぜひやらねば。私の場合は自転車を連れていくので、フランスからのスタートになります。

    自分ファースト。どこぞの大統領の事をとやかくは言えませんね。前世は欧州人、そしてベルギー人だと、勝手に思っています。

    多文化に慣れた人は、きっとこのように感じるのではないかと思います。
    『世界一周の前と後 <世界見聞録>』
    https://mikawaya1960.blogspot.jp/2017/06/blog-post.html

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  5. ベルギー人でもなんでも思ったもん勝ち! 勝手に好きに思うには誰にも迷惑はかけないと思います。 思ってばっかりですが...

    自分ファーストもどこぞのどなたかのように回りの人や他人に迷惑をかけてはいけませんが私の場合は最低限の常識とマナーだけは持っているつもりです。

    ユーラシア大陸横断の旅、いいですね。 いつかその旅行記を読ませて頂くことを楽しみにしています。 頑張れ、お若いの!!!

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