月曜日, 5月 07, 2018

シニアはダウンサイジングで攻める

豊かさとは何か。これをずっと考えていました。私はいま57歳です。

ひと昔なら、沢山のモノに囲まれていれば幸せでした。
私は豊かだなあ、持ってるなあ、もっと欲しいなあ、次は何買おうかなあ、そんな具合でした。しかし、時代は変わりました。

モノがあふれる時代、モノをシェアする時代になって、ヒトは物を買わなくなりました。
豊かに老後を暮らすにはどうしたらいいだろうと、ずっと考えました。




50歳でリタイアして時代を先取り


人よりも10年も15年も早い、50歳でリタイアした私にとって、老後と言うには余りに早過ぎる気がしますが、何でも先取りしたい性分なので、同年代の諸氏より10年早くスタートすれば、他にはないユニークな老後になるだろうと考えました。

加えて、先のミニマリストの影響も受けて、生活ダウンサイジングも始めています。

57歳だとちょっと早い気がしますが、この老後とダウンサイジングを合わせて考えてみます。これを「老活ダウンサイジング」と呼ぶことにしましょう。他に良い言葉が浮かばないのでこれを使うことにします。

 (参照:ミニマリストとの出会い


老活ダウンサイジングと聞くと、なんだかしょぼくれていくイメージがあるかもしれません。

逆です。

生活のクオリティを下げずに水準を下げる

もっと言えば、

生活の水準を下げて生活のクオリティを上げる

この実現を目指します。





生活の水準を下げる、つまり所有容積、専有面積、経費、管理費を減らすこと。

簡単に言えば、生活の規模を小さくしして、クオリティを下げないどころか、生活のクオリティを上げるという考え方です。

一見すると矛盾するように見えますが、時間がたっぷりあるシニアだからこ、その得意分野になるはずです。

それはアタマを使うということ。ボケ防止にもうってつけです。

どうやってそれを実現するか、考えるのです。

考えるだけならタダ、お金はかかりません。

頭はいくら使ってもお金がかかりません。

モノで人の価値を測ってきた従来の基準では、身に着けているもの、乗っているクルマ、時計、そのほか持ち物でその人の豊かさを測っていました。

もはやその基準は私の中では過去のものになっています。高いものが良い、これは確かに品質面では的を得ています。

しかし逆を言えば、良いものは高い、となります。これはダメ。

良いもので安い、これが新基準です。


新基準①:良いもので安い


次に、生活の水準を下げる、と聞いたとき、どのようなイメージを持つでしょうか。
  • 生活の水準を下げる ⇒生活が貧しくなる
  • 生活の水準を下げる ⇒生活の質が下がる

ナンセンスです。

生活の水準を下げつつ、生活が豊かになり、生活の質が向上する、これが新基準です。



新基準②:生活の水準を上げて、豊かに、生活の質を向上させる


これを実現するにはどうすればよいでしょう。考えました。結論はこうです。

見えるものを減らし、見えないものを増やす

これが老齢向け生活ダウンサイジング。

思い出はプライスレス、これです。モノに価値を依存するということは、それが無くなってしまっては無価値になってしまいます。人は裸だったら無価値なのか。そうではありません。

英語は「身につける」と言います。持ち運んだりはしません。能力は外からは見えません。

 (参照:英語は40歳を過ぎてから)

友情は外からは見えません、家族との愛情も記憶も、外からは見えません。よくよく考えてみると、大切なものは形として見えないものばかりです。この見えないものが人を豊かにする源泉であり原動力だと私は思います。

この観点から、今後は見えるものを減らし、見えないものを増やす、これを実践したいと思います。


新基準③:見えるものを減らし、見えないものを増やす



具体的には
  • 質の高い友好
  • 質の高い思い出
  • 質の高い学び
質、クオリティが価値基準です。

これらを、低予算で、低容積で、低スペースで、低エネルギーで実現する。これが老活ダウンサイジングの定義です。

質を求めると言うことは、自分の内面を高めるということです。高い内面が無ければ質の良し悪しを見極めることは出来ません。


新基準④:自分の価値観で決める


他人の価値判断に依らない、ここがポイントです。日本人は同質性、協調性を重んじる社会に生きています。これが日本人の強みでもありました。強烈な経済復興を遂げた第二次世界大戦後の日本経済がそれを証明しています。他の人と同じことをする、これが良いことだと刷り込まれました。

それが、モノに溢れた時代となって情況が一変しました。他人と違うことの方が価値を持つ。日本の外では当たり前のことですが、日本もそこに仲間入りする時代になりました。

いまやAIが東大合格しようとする時代。いままでの教育、知識の詰込み型の教育は必要なくなり、情報収集・選別・判断・加工し新しい解を自分で導き出す新しい教育が必要とされる時代がやって来ました。それに呼応するように文科省も大きく舵を切りました。アクティブラーニングの導入です。(2018年5月現在、次期教育指導要領はアクティブラーニングという言葉を使うのを止めて、

教科書に書かれていること、答えがあるものはGoogle先生に尋ねれば、あるいはAIに尋ねれば答えが出てきます。スマホは腕時計のように常に身に着ける時代になり、それらの「外部脳」はいつでもアクセスできる時代です。記憶をたどってそらんじるより、スマホをクリックした方が早いし関連情報がドバっと得られる。英語が話せないと嘆くより、グーグル翻訳を開いて相手に話してもらう方が早いです。

大学受験が変わります、教育が変わります。教育は国の礎です。その礎が大きく変わろうとしているのです。私たちと全く違う価値観で教育された子供たちは大人になり、社会を変えてゆきます。これに適応していくのは子供たちだけではありません。それを育てる大人たちこそ発想を変えていかないと子供たちのついていけなくなります。

賢いシニアは、今からそこに目を向けて先取りします。彼らの先を行くのです。ITを日常のツールとし、積極的に新しい考え方や技術に目を向け、吟味して取り入れ、若い世代に教えてもらうのではなく教えてあげる、先人としての役割を担っていく。

ITシニアへのシフトです。


ひとつの例を示します。

「アプリおばあちゃん」若宮さんです。



このバアさん(失礼)すごい。

アップルでCEOにプレゼンしたかと思えば、次は国連とは素晴らしい。

彼女は発想が素晴らしい。老人はITに弱い、じゃなくて「ITが老人に弱い」という発想です。

設計者だった私から見ると、モノが人間中心に設計されていないものが溢れています。最近事故多発のクルマがそれ証明しています。

モノに合わせるんじゃなくて、人間に合わせる。

基本はソコなのですが、高齢からのこのチャレンジ、見習わなきゃと痛切に感じました。


そんな「アプリおばあちゃん」若宮さんは言います。「20代、30代で生き急がなくてよい」と。「人生100年時代」を見据えた、柔軟な思考法を語っています。

ついに国連で講演へ!82歳プログラマーが語る
     「100年時代の思考法」-「人生は風見鶏でいい」
(BUSINESS INSIDER JAPANより https://www.businessinsider.jp/post-161128

年取ってプログラマーになれと言っているのではありません。若宮さんのように、自分に対して飽くなき挑戦を面白がってやる、これこそシニアの愉しみ方の真骨頂でしょう。


方向性は定まりました。次はゴールを用意しましょう。

最終ゴールは現世を卒業する、つまり死ぬことです。

死ぬまでの過程を楽しむ、それはシニアにとって最高の愉しみになるでしょう。




愉しむために小ゴールを沢山設けましょう。自分で考えて、他人には思いもつかない小ゴールを見つけましょう。

旅に出るのもいい。自分が苦手としていたことに敢えて挑戦するのもいい。仲間を増やすこともいい。ITを使えば案外簡単に手に入ります。


このブログでは私が実践していく、この小ゴールの数々をこれから順次、披露していきます。

まずは来年、ユーラシア大陸横断「東端から西端へ」を実現させます。



身の回りのダウンサイジングも始めました。リビングを広く使います。

 (参照: 家具をタダで処分する、ので調べてみたら


人生は考え方次第で、無限大です。



ではでは@三河屋


参考



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