金曜日, 5月 25, 2018

日大アメフト部「事件」に見る人間の本能

人間の本能に対する挑戦が続いている。

ネット社会の浸透により、瞬時に「悪事」は暴かれる。

そういう時代になってしまったことを、未だ受け入れられない人が一定数いる。
これは仕方のないことだ。

問題なのは、そういう変化を受け入れない人が上に立っているケースだ。




少しこの問題をトレースしてみよう。

もはや所属する学生は日大アメフト部が自分の経歴で「恥」になる。部としての存続が難しいところに学生として所属するのは意味が無いことを示している。大学を移ることも難しい。学生だけでなく親も深刻だ。損害賠償が起きるかもしれない。学生に対する指導者と経営陣の罪は大きい。

⇒日大現役選手「声を上げたい」近日中に声明へ 父母会会長明かす
  (Yahoo!ニュースより) https://t.co/Qe04YcXlVK



ここでまた醜聞が暴かれる。

なるほど、誰も口出しは出来ないのか。日大アメフト部の「負の構造」はハダカノオオサマの田中理事長にあることが分かる。良くある話だが、アタマが春過ぎる。その証明が記者会見での司会者の「横暴」に如実に現れれている。物事を正しく理解していないし、理解したくもない「負の慣性力」が、司会をした学校上層部に上からのしかかってきている。

⇒日大アメフト部OBたちが決死の覚悟で守ろうとしているもの
   (週刊現代より) https://t.co/mP3So68PRi





こうやって、ひとつの事件が巨大大学の存続を揺るがす事態を起こすのが現代の構造だ。

コンプライアンス不可避を、上に立つ人は理解すべきだ。

もう「昔はそうだった」は不認識ではなく「」になることを思い知っただろう、経営者も、一般人も、そして私自身も。


世の中の常識がネットにより大きく変わってしまっているのに「習慣の慣性力」は強力だ。

人間は本能的に変化を恐れる。が、 ダーウィンは言う、

”最も強い者が生き残るのではない。”
”もっとも賢い者が生き延びるのでもない”
”唯一生き残るのは変化できるものである”


変化は恐れるものではなく、受け入れるもの。変化についていかない人は淘汰される。若者でも老人でも。



5年前にクルマの自動運転の実用化実験が始まることを、予言できた人は周囲にいない。私自身も2020年代だろうと思っていた。こういう超速の変化をシンギュラリティと呼ぶ。


物事の変化が加速度的に速くなり、振り落とされて諦める人が続出しているのが現代だ。
私東日本大震災のあと、2012年に決意した。


  • 私は変化を好みます。
  • 思考停止を嫌います。
  • 人と違うことを好みます。
  • 日々変化していく世界に適応することを好みます。
  • 自分で考えてその時その時で最適な解を導き出します。
  • 変化を楽しみます。ゆえに主張は日々変化します。
  • 「前に言っていたことと違うじゃないか」は当然の帰結です。
  • 昨日と今日は同じではありません。


私は変化する方を選んだ。あなたはどうだろう。


ではでは@三河屋幾朗



参考



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