土曜日, 5月 05, 2018

教育:小中高校が変わる、文科省の意図を読み解く

AI(人工知能)が東大合格してしまうような時代です。知識を詰め込む教育は要らなくなりました。



AIって何?という方はこちらが参考になります



文科省もだいぶ前からその事態に気付いていて、様々な施策を実施してきました。

国、つまり文科省は学習指導要領によってそれを全国の学校に行き渡らせます。その学習指導要領を読むことで、これからの子供たちの教育が、どのように変わっていくのかが分かります。

世界を旅してその国々の教育に触れる機会を持ちました。痛切に感じるのは「教育は国の礎」であるという当たり前のことでした。貧富の差も教育で克服できるし、国民の知性も豊かさも教育次第だということに気付きました。

教育こそ人を育てる、国を富ませる、ということの理解は誰もがお持ちでしょう。日本にいると小中高と続く学校教育は高度で充実していて、その有難みを実感できませんが、日本の外に出れば良い国に生まれて本当に良かったと実感できます。

しかしながら、最近それに疑問が生じてきました。二つの問題です。



ひとつめは貧富による教育格差、ふたつめはAIの進歩により、知識詰込み型教育が意味を成さなくなったという点です。

このポストでは貧富による教育格差は、敢えて取り上げず、別の機会にポストします。




文科省はアクティブラーニングを次期学習指導要領から消した


アクティブラーニングという言葉をご存知でしょうか。

文科省は2017年9月の中教審で学習指導要領の改訂案を配布しました。それを読むと、従来論議となっていたアクティブラーニングという言葉が消えています。



 平成29年度小・中学校新教育課程説明会(中央説明会)における文科省説明資料 http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/__icsFiles/afieldfile/2017/09/28/1396716_1.pdf


文科省はこの資料の中で「アクティブ・ラーニング」という言葉を使わずに「主体的・対話的で深い学び」という言葉で代替しています。パブリックコメントで余程の反発や戸惑いがあったのでしょう。主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」を行っていくとしています。


アクティブラーニングというのは、本来、大学教育に関して使われていた言葉のようで、期限は2012年にさかのぼります。

2020年、次期学習指導要領~消えた「アクティブ・ラーニング」

そして、アクティブラーニングを次のように用語集の中で定義しました。

【アクティブ・ラーニング】
教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れ た教授・学習法の総称。学修者が能動的に学修することによって、認知的、倫理的、社会的能力、 教養、知識、経験を含めた汎用的能力の育成を図る。発見学習、問題解決学習、体験学習、調査 学習等が含まれるが、教室内でのグループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク 等も有効なアクティブ・ラーニングの方法である。
大学の学生に能動的に学びを得て欲しい、という趣旨のもとにスタートした考え方で、ゆとり教育世代の、ややもすると大教室で受け身の授業に終始する教育では、能動的に動けるな学生が育たないと言う危機感から来たものだと思います。

その後、アクティブラーニングという言葉が独り歩きして、大学ではなく、その下の小中高校までに下りていくという発想が生まれました。より主体的に生徒たちに学ばせようという危機感にも似た意図が、そのなかに伺えます。

この小中高におけるアクティブラーニングの動きは、既に26歳の息子が中学生の時、つまり11年前に、職場体験をすると言うので感じていました。

体験学習のような形で「主体的な学び」が教育現場に組み込まれてきました。彼がスーパーマーケットで1週間の職場体験をして、実社会を垣間見たのが良い例です。



AIの進歩が詰込み型、知識型教育を無用の長物にした


このことに異論をはさむ方はいないでしょう。AIが東大受験で合格するのは時間の問題でしょう。つまり学校教育の最大の関門、生徒にとって実質的に最後のテストである共通試験の問いを、スマホを叩けば答えは得られる時代が来てしまったと言うことです。

こうなると、泣くよ坊さん、平安京(794年)、などと覚える必要は無くなってしまったことを意味します。もちろん、歴史を「流れ」として把握しておく必要はありますが、年号を覚えることは意味のないことになってしまいました。

このことは、それを覚えていることによりテストをして人間を「選別」「階層分け」する必要がなくなったことを意味します。

もう少し分かり易く言えば、覚えていることを基にして成績を付けることは意味をなさなく成り、AIやITを駆使して問題解決にあたり、答えを自分の頭で導き出すやり方を身に着けた人材が生き残る時代になったことを意味します。


これは私のような従来型の教育を受けた者には衝撃的です。おそらく小中高生以外の全ての人にインパクトのある事実でしょう。

こうなると、教育の内容が変わって来ます。

  • より広く知識を得ること
  • さらに深い内容を自分で自ら学ぶ方法を身に着けること
  • 外部の知識を自分の知識にするITリテラシーを身に着けること
  • 問題解決型の思考回路を身に着けること

こういったことでAIを使いこなす人材を育成することが急務になっています。これをパラダイムシフトと言います。パラダイムシフトとは、

【パラダイムシフト】その時代や分野において当然のことと考えられていた認識や思想、社会全体の価値観などが革命的にもしくは劇的に変化することをいう。パラダイムチェンジともいう。(Wikipediaより)
常識が根底から覆ることを意味するわけで、文科省が大慌てするのは理解できます。つまり、いまやっている教育ではAIの奴隷になるぞと、時代(パラダイムシフト)が付きつけているのです。



人間の賢いところは順応力


これはヤバイ、どうしたらいいんだ。お子さんを持つ親は右往左往するでしょう。私のように子育てが終わった世代は、孫が全く違う新人類になる過程を間近で見て呆然とすることになります。

しかし心配は要らない、そう私は思います。

人間は危機に陥った時こそ能動的に動く。ヤバイと感じる時こそ頭を使う動物です。



もうお気づきでしょうが、危機感も感じず、ヤバイとも思わない感度の低さは、そのままお子さんの教育の結果、つまり成績に直結するという事実と向かい会う羽目になるのを覚悟しなければならなくなるでしょう。


私も付け焼刃でグーグル先生に昨今の教育改革の関係情報を尋ね、得られた情報からこの程度の事は分かりました。より知識をお持ちの方、教育現場で実際にこの問題に直面されている方もいらっしゃるでしょう。ご教示頂ければ幸いです。




世界のトップの国はどうやっているか


最後にこのビデオをご覧ください。

フィンランドの教育です。「お金を稼ぐための教育」から「人生を豊かに過ごすための教育」に舵を切った結果が、世界トップです。

その授業時間の少なさに目を見張るでしょう。そして、それをどうやって成し遂げたのか。

  • 「宿題は廃止」
  • 「共通試験は廃止」
  • 「学校間格差は一切なし」
  • 「私立学校で利益を得ることは違法」

これが意味するところを、このビデオをご覧になって、ご自身で考える機会を持つことをお勧めしたいと思います。10分ほどの短い映像です。





フィンランド、彼らの成績は世界のトップです。

宿題は廃止、統一テストも廃止、西欧諸国で最も授業時間が少ない。

授業時間を少なくしたら、成績が上がった。そして世界トップ。不思議です。

彼らに選択式のテストはありません。


このビデオを撮った映画監督、マイケル・ムーアが教師に、そして文部大臣に聞きます。なぜだと。

フィンランドの彼らは言います。「学校って幸せを見つける場所じゃないの?」

もっと言います、「テストで点を取る訓練は教育ではない」

そりゃその通り、当たり前だと思いました。



米国の例が次に出ます。

警備員がセキュリティゲートの前に立ち、生徒一人一人をチェックします。

授業中に催してトイレに行くにも許可証が必要です。

そして出てきた答えは、「教育はビジネス」「教育はお金を稼ぐため」



目的と手段を履き違えていると、私は思います。

日本はどうか。米国追従が政府にとっての国是です。




私は今後も「教育」を人生の探求テーマのひとつとします。

様々なご意見を拝聴したいと思います。

お気付きになったこと、情報をお知らせいただけると助かります。





参考



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