いのちを考える1冊 :「紛争地の看護師」

この本を紹介したくて筆をとりました。

紛争地の看護師 白川優子 著



この本についての感想は後半に述べます。

ここでは、女性のこと、戦争のこと、そしてこの本のこと、三つについて書きたいと思います。




直接ことばを聞くことの威力


先日、渋谷で行われてたイベントに行ってきました。過日、8月の末のことです。


いま世界の紛争地で、本当に起こっていること 白川優子×望月衣塑子



メインの白川優子さんについて語る前に、東京新聞の望月衣塑子さんについて説明しておきたいと思います。このイベントで白川優子さんの隣にナマ望月衣塑子さんが並ぶがゆえに、速攻でイベント予約したのには理由があります。


私が望月さんを知るきっかけになったのは、政府の公式記者会見で「聞くべきことを質問した」記者だったからです。その後は菅官房長官の「天敵」となり、回答すらしてもらえない状況になっていますが、それは取りも直さず質問が的を得ているからだと思います。

 参考:勉強になります 国会答弁 (特に菅官房長官は最強)


ジャーナリストはその質問により、政治や社会で隠そうとする者に質問という光をあてて、その裏に隠された意図や真実を浮き彫りにすることができます。それが不正を明らかにするきっかけになったのは枚挙にいとまがありません。不都合な真実を白日の下に晒す、民主主義の強力なツールのひとつだと思います。

この数年、劣性遺伝三代目による強力な締付で唇寒し「暗黙の了解」で、政府に忖度して「聞くべきことを訊かない」記者たちの姿勢に風穴を開けた、その閉塞感の打破だけで拍手喝采です。

 参照:劣性遺伝三代目

この数か月、凍結された昭和の因習が解凍されたような事件が次々と出てきています。スポーツ界の醜聞、大学受験の男女不平等、官僚の不正・・・。

古い概念をいちど壊して再構築する時期に来ている、その受け皿になるのがオトコとは違う生き物であるオンナだと思います。築き上げられたオトコ社会が限界に来ているのなら、そろそろオンナにそれを任せてみてはどうだろう、15年位前からずっとそう思ってきていました。


高速で多様化が進んでいくな社会は、シングルタスク脳では処理が追い付かない。押さえつけていた社会の蓋を一旦開放して、マルチタスク脳のオンナの実力を見てみたいのです。

新しい世界は女性が作っていくと常々感じている私にとって、限界を迎えてしまった男社会は、そろそろ女性に主役を譲ってお手並み拝見してもよいのではないかと思っています。

そんな折に出てきた気骨のある記者が女性だったという点が、いまの社会を象徴しているように私は感じます。

望月さんご自身は私が論じるようなモチベーションでお仕事なさっているとは思いませんが、「読者」としてはそういう期待を込めて言動に注目しています。



そのナマ望月衣塑子さんは、意外なほど低いトーンで話すのでちょっと驚きました。ご自身で考え、見たものを伝えようとする情熱が、口から言葉として出てくるのを耳で目で感じました。その後に白石さんのお話を聴くと、共通したものを感じました。

それは気迫。佇まいは静かなのだけど、信念を持って何かを人に伝えようとする気概は目に見えないオーラとなって、エネルギーを聴衆に伝えるのだなと思いました。


前置きはこれくらいにして、白川優子さんについて述べたいと思います。



ラジオの中の白石優子さん



白石優子さんを知ったのは、私が好きなラジオ番組「久米宏ラジオなんですけど」でした。

ゲストに招かれた彼女を久米宏がちっちゃいと表現する。152センチだ。とても穏やかな口調には情熱の裏打ちが感じられます。

どんな人なのだろうと想像して聴いていくと、そこで繰り出される紛争の現場の生々しいこと。私は紛争後の現場しか歩いたことはないので、出来事ひとつひとつ、その刹那の情景の切り取りが、久米宏の巧みなインタビューによって引き出され、耳元に届く快感を感じていました。

(番組の内容はテキストと音声で楽しめます:「久米宏ラジオなんですけど」8/11放送分

会話の中で表題の本が紹介されました。ネットで調べると、発刊して間もない本です。これなら予約できる。

放送中に図書館に予約して、翌日、到着メールが届きました。手に取ってページを開いたら、瞬く間に3分の1まで一気に読んでしまいました。

読みやすい。

ひとつひとつ、エピソードが見開き2ページあるいはプラスαで書かれているので、電車ひと駅で読み切れる長さの文章が続いています。きっと日々の体験を日記に記していたのでしょう。その時その時の臨場感が伝わって来ます。



例えばこの場面。場所はシリアです。

飛行機が空に現れれば、それは爆撃機という戦況。しかし国境なき医師団が赴任先に選んだ村は、その爆撃機も現れないだろうという地域。そこに突然、現れないはずの飛行機の音が聞こえてきた。安全を最優先する国境なき医師団は直ぐに撤退を決めます。

ところが手術室の中、逃げる気配もなく手術を続ける同僚のフランス人外科医と麻酔科医は、撤退命令を伝えても何の反応もありません。その時、白石さんはものすごい振動を感じます。爆弾が落ちてきたのです。

”私はとっさに手術室のワゴンに摑まり、下を向いて体を委縮させた。酷い地響きだった。心臓は破裂してしまいそうだった。 
地響きが落ち着き、顔を上げた。体全体が心臓になってしまったかのように、大きな拍動が体中を波打っていた。 
顔を上げた私が目にしたものは、表情一つ変えていない外科医と麻酔科医だった。何事もなかったかのように手術を続けている。
その時に私は思った。この人たちは爆弾ごときで撤退する気が微塵たりともないのだ。”

まるで映画のように情景が浮かんできます。
表現は間違っているかもしれませんが、凄まじい冒険活劇です。


内に秘めた筆致はまるでジャーナリストのようです。中高生に読んで欲しい本だなあ、そう思って背表紙を見たら、小学館と書いてありました。なるほど。編集者の狙い通りの出来です。



30年かけて国境なき医師団の一員になった


7歳、見たテレビの「国境なき医師団」の文字が記憶に刻まれた。全然勉強しなかったという高校時代、突然思い出して目指した看護師、英語の壁にぶち当たって砕け散った国境なき医師団への応募。そこから猛烈に頑張って豪州で大学に入り直して開いた道。

30年かけて初志貫徹して国境なき医師団の一員になったのちに、17回の派遣を経て生まれてきた本書は、ページを捲る指を止めさせません。

1973年生まれ。なので2018年のいま45歳。「自分の一番の人生のピークを40歳あたりに見なさい」と背中を押した母の言葉どおりの日常が綴られてます。

彼女は一度は戦場の惨状を目の当たりにして、看護師を辞めてジャーナリストになろうと思ったそうです。そこから思い直して看護師として現場に戻り、看護師の目で戦争の矛盾を伝える活動に切り替えました。ここが素晴らしい。

(実際に、国境なき医師団は『証言活動』も行っている)


私はひとつ気付いたことがあります。

医師は手術で患者を治療する。医師がいなければ患者は助けられない。しかし、医師だけでは患者は助けられないという事実でした。こんな当たり前のことに気付かなかったなんて、相当まぬけです。

治癒(ちゆ)は手術が終わった直後から始まります。傷を治すのは人間自身です。傷は体の自然治癒力で治る。手術で医師は患部に施術をしますが、直すのはその患者自身なのです。そして傷は物理的な患部だけでなく心にも残ります。

それを助けたり治癒を促進したりする、患者に対して治療方針の責任を負うのは医師ですが、治癒の経過を見て患者に寄り添い適切な処置を施すのは、圧倒的に看護師の役割なのだという当たり前の事実に、改めて気付きました。

なにより看護師は医師より患者と接する時間が長い。心の傷もその中で癒されていく、そのことをとても大切にしている白川優子の姿勢に打たれました。



戦場の不条理


紛争地の現場。命を落とす現場で、命を救う人として働き、その実情を詳らかに綴ります。

本物の戦争、そして戦争を起こした当の張本人たちはそこには居ません。

なんたる不条理。

痛めつけられる人は、いつも一般市民なのだと訴えます。



いま、西日本では豪雨災害で道端に瓦礫が積み上がってます。

同じ風景が本書にも度々出てきます。

”宿舎から病院までの道のりでよく見かけたのが、戦闘の残骸を片付ける大勢の市民清掃員と、それを集めるごみ収集車だった。
破壊された街の片付けや復興を担うのは戦争当事者ではなく、やはり市民なのだ。”

ここに戦争の本質があります。命を助け、文字で戦う。

戦争を考える8月の最後に読むにふさわしい本に出合えて幸せです

紛争地の看護師
紛争地の看護師
posted with amazlet at 18.09.10
白川 優子
小学館
売り上げランキング: 201



白川優子さんはいまメディアではホットな様で、あちこちのサイトに発信されているので、ググれば直ぐに出てきます。たとえば・・・

 私が戦地へ行く理由 -国境なき医師団 看護師の仕事論



こちらもどうぞ。戦争の最中に実際どういうことが起きるのかを知りました。

 語り部から聴く:10万余人が亡くなった東京大空襲



ではでは@三河屋幾朗


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